――新宿・高層ビル20階
「ふへへへ、竜介を助けに来たのか! 馬鹿が! 二人揃って血祭りにあげてやる!!」
刺客の男はそう言うと、巨躯に似合わぬ意外な俊敏さで、壮太の方へ踊りかかってきた。
更衣室で竜介のロッカーから脅迫状を発見してから、壮太は矢も盾もたまらずにビルに向かった。チンピラたちがそこここに倒れた建物の中を、階段を駆け上がってきた。監視カメラに捉えられたらしく、警報音が響き渡るまで、邪魔してくる敵はいなかった。
竜介を助けに――来たわけではない。竜介は壮太にとって憎むべき敵だ。竜介のせいで、壮太と姉は酷い目に遭わされた。竜介が惨たらしくやられるなら、それは壮太にとって歓迎すべきことなのだ。
なら、何故いま自分はこのビルにいるのか。
俺の手でやるためだ。他の誰でもない、自分の手で奴を処刑するためだ。
壮太は自分の胸にそう言い聞かせる。
「くらええええええぇぁぁぁ!」
巨躯の男が、突進しながら、丸太のような腕を突き出す。
壮太はさっと身を投げ出した。急な攻撃にもしっかり反応できた。いつもの稽古着、練習どおりの動き。格闘の基礎はしっかりと壮太の体に刻みこまれている。こんな奴に負けるかと思う。
背後で爆音。
驚きとともに振り返り、壮太は見た。
攻撃を外した男の腕が、壁にめりこんでいる。
コンクリートの壁が柔らかい泥のように、男の拳に抉りとられていた。
「な……なんて力だ……」
動揺した壮太は、一瞬動きを止めた。それが失敗だった。次の瞬間、
どごッ!!
動きを止めた壮太の首に、男の繰り出したラリアットが直撃している。
「ぐはっあああああ!!!」
棍棒のような腕が首にめりこみ、壮太は目を剥いた。
そのまま男は突進を続け、壮太を壁に勢いよく叩きつけた。虫の標本のように、腕一本で壮太の体を壁に繋ぎ止める。
腕を放すと、さっと後ろへ下がった。
巨躯全体を弓矢のようにしならせ、壮太の全身にタックルする。
「のぎゃああああああああああああああああああっ!」
壮太の小さな体が、男の巨体と壁の間で、ぐしゃっと潰れた。強烈な衝撃が少年の全身を貫く。五体がバラバラになる。
男は離れ――再度少年を押し潰した。
「うぎゃああああああああああああああああああ!!!」
再度離れ、潰す。
「あっぎゃあああああああああああああっああああああああっ!!」
さらに二、三度タックルを繰り返してから、男はようやく攻撃を止めた。壁に押し付けられていた身体が晒されたとき、壮太は酷いダメージを負わされていた。
壮太は潰れたカエルのようになって、壁に張り付いていた。
四肢をばらばらにして、白目を剥いている。胴着が乱れ、逞しい胸板が覗けるが、圧力でところどころ青黒くなっている。
男は腕を組み、そんな少年を観察していた。
やがて重力に屈し、壁から剥がれ落ちた。
どしゃりと、壮太は男の前に倒れ伏した。
「ふへへへ、他愛ねぇ」
男は<ベア>の通り名で呼ばれる、江波と並んだ組織の使い手だ。元プロレスラーで、速さに優れる江波に対し、破壊力で相手を潰すパワーファイターである。
ベアは倒れた壮太に腕を伸ばし、あごを掴むと、ぐいと引っ張り上げた。
そのまま肩の上に、壮太を仰向けに乗せる。右手であごを掴んだまま、左手で壮太の腿を、胴着の上から掴んだ。
アルゼンチンバックブリーカー。首を支点に、背中を弓なりに反らせることによって背骨を痛めつける技だ。レスラー時代、多くのベビーをこの技で再起不能に陥れた。
しばらくして、壮太が気付いた。呻き声をあげる。
「う……うう」
「どうした小僧。もうおしまいか」
言いつつ、ベアは両腕に力をこめた。ベアの野太い首を支点として、壮太の背中が弓なりに反らされる。
「う……わあああああああっっ!!」
「先輩と一緒に闘おうと、威勢よく出向いて来てこのザマか」
「ぐ……! そ、そんなんじゃ、ねぇ……っ」
「おうおう、威勢のいいこった。だが一ついいことを教えてやるぜ。竜介はおまえよりずっと強いよな? 俺や江波は、その竜介よりもずっと強い。証拠を見せてやる」
ベアが言うと、部屋の天井から巨大なスクリーンが下りてきた。壮太が見えやすいように、ベアは体の角度を変える。
広大なスクリーンの中で、録画映像が再生されはじめた。
それはどこかの倉庫のようだった。
薄暗い倉庫の中の映像が、映し出されている。撮っているカメラはハンディタイプのようで、微妙に揺れがある。カメラは遠く、複数人の男達が輪になって、一人の青年を取り囲んでいるところを映し出している。
青年は誰かに後ろから羽交い絞めにされていた。――ベアだ。ベアがその巨腕で、青年の身体を完全に拘束している。
では、あの青年は――
ゆっくりとカメラが近寄っていった。
「竜介……」
壮太が零すと、ベアはひっひ、といびつに笑った。
「五年前の映像だ」
カメラがさらに近づき、竜介の顔がアップになった。
その映像は壮太にとって衝撃的だった。ボコボコに殴られたのだろう、目が腫れあがり、唇がめくれている。表情に精気がなく、唇から涎が垂れ落ちちている。
カメラが下を向いた。壮太は目を見張った。
竜介のトランクスの股間が盛り上がり、そこを中心に染みが広がっている。その盛り上がった部分をバイブレーターが狙っている。
ブィィィィン、という低い振動音と、チンピラ達の笑い声が聞こえる。
「ああっ。だめだっ」
バイブレーターは三本。ゆっくりと近づいていき――密着する。吸い付くように、三本のバイブレーターが、棒を上下に撫でつける。
あっという間に、トランクスの染みがさらに広がった。どくっどくっ、と股間が脈動している。
カメラは再び、竜介の顔を映した。快楽に悶絶している青年の表情を、絡めとるように視姦する。
「どうだ。ざまあねえ姿だろう」
ベアが笑った。
壮太は答えられない。
「げへへ、ショックか? 道場では鬼のように強くて、誰も敵わなかった先輩が、実はこんな無様にやられてたなんてよ?」
画面の中でも、ベアが笑っていると。画面の中のベアは拘束をチンピラに代わらせると、竜介の前に立つ。両手を広げ――シンバルを打ち鳴らすように、竜介の顔面を両側から打ち据える。二度、三度。
ただのおもちゃのように。
竜介の口からくぐもった悲鳴が響き渡る。
壮太は瞬きもせずに呆然と映像を見ている。
なすすべなくやられる竜介を見せつけられながら、複雑な思いが壮太の胸中を満たす。
胸のすく思い。それと同時に、自分がやられているような悔しさも味わう。
「さあ、おまえも苦しめ」
ぎりぎりぎりっ。
「あ、ああぎやあああああ……あああああっ!!」
突然かけられた力に、背骨が軋む。
「手始めに背骨を折ってやるよ!」
壮太の身体が男の腕の中で、たわんだ弓のように反り上げられた。
「のぎゃああああああああああああ!! あっがあああああああ!!!!」
壮太は絶叫する。フロア中に響くような悲鳴をあげる。恥も外聞もない。叫びながら少年はぶるぶると首を振った。
「けっけっけぇ! よわっちいガキだなぁ!!」
「ああああっ!! あっ! がああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
「苦しいかっ! 痛ぇかっ! なら気持ちよくしてやろうかっ!? 先輩と同じように!」
首を向けると、画面の中で、竜介が懸命に耐えるように歯を食いしばっていた。ベアが、竜介の股間に指を這わせているのだ。
スクリーンの光景に呼応するように、腿を掴んでいたベアの左手が、そろりそろりと移動を始めた。指先をとん、とん、と移動させていき、腿から上へ這い上がっていく。
そのまま薄い胴着の上から、ベアが壮太の膨らみに手を乗せた。親指と人差し指で、
むぎゅっ。
「あっ! はあっ」『くおぁっ……あっ』
壮太の身体がびくっと震えた。スクリーンから、竜介の呻く声も重なって聞こえた。
そのまま、一度、ベアは壮太の股間を扱き上げる。根元から、先へ。そして、戻る。
「……ぁ……のはああ……ああぁぁぁっ」『ぃぁ……ううおおおあっぁぁ』
男の手の動きは、見た目に合わず繊細だった。敏感な弱点にどう刺激を与えてやれば、彼らに最大の快楽刺激を与えてやれるか、知り尽くしているような。
薄い胴着に防御力はない。強烈な快感に、壮太は前後を失った。力がぼろぼろと抜け落ちていく。まずい。壮太の中の闘志が警告を発する。だめだ。このままでは――
「そおら……っ」
「あっ……あっぁ……ぁはぁぁっ……ぉぁぁぅ」
さらにもう二度扱きあげられ、壮太の身体は男の手のひらに屈する。
体中の筋肉が弛緩し、ぷら、と両腕が身体の横に垂れ下がった。
「ち……ち、から……が……」
「げへへへへ、どうした小僧。抜け出してみろよ」
「う……うく」
「わかったか。急所を狙われて、勝てる奴はいねぇ。おまえもおまえの先輩も。どれだけ修行しようが、無駄なんだよ」
「う……は……あ! あぎゃあああああああああああああああっっ!!」
再び、背骨を痛めつけられる。宙に抱え上げられ、無様にテントを張った股間を突き上げる。
再度、扱きあげられる。
同時に襲いくる苦痛と快楽に、壮太はわけがわからなくなる。壮太と、画面の中の竜介の喘ぎ声が、フロアに虚しく響いていった。
「あ……ぁぁ……」
『ぅぁ……』
「けっけけ、辛ぇだろう。逃げたいだろう。帰りたいだろう。だが駄目だ。許さねぇよ」
「ぁ……ぅぁぁ……ぉ……ぁぁ」
『くはあっ……ぉぁぁぁっ。。。ぁぁぅ』
「自分がピンチになっても、憧れの先輩がなんとかしてくれると思ってたんだろ? でもその先輩も歯が立たなかった。こうしておまえと同じように、股間をたっぷり嬲られて負けた。誰も助けちゃくれねぇ。絶望的だよなぁ? 地獄だよなぁ?」
ベアが、壮太の首をロックしていた手を外し、片手で器用に胴着の結びを解いた。ばさりと半裸の胸を晒した壮太の胸に指を這わせていく。
そのまま、下半身の胴着の方へ。裾から、手をもぐりこませる。
直接、壮太の雁首に指を絡ませた。
二つの手、十本の指が、壮太の男を捕らえた。
「ぁっ……ゃ……めろ……ぉ」
扱く。一度だけ。ゆっくりと。這うように。
「のはああああああああああああああああああああああああああぁぁ!! おあおおおおおあああぁぁっ」
『ぬああああああああああっっ!! おうああああっっ!!』
我慢汁が溢れ、胴着の中を濡らす。それが潤滑剤となり、刺激がいや増す。スピーカーから聞こえる竜介の喘ぎ声も壮太を刺激した。
もう一度。
「うあああああああああああああああああああああああああ!!! ぁぁぁぁぁぁぁっっっ」
『あぅぁあああああああああ!! くっ……くっっ――ううううぅぅぅぁぁ』
壮太の肉棒
は怒張し、ひくひくと震えている。
「男」を完全に捕らえられ、壮太自身も完全に屈していた。口の端から涎を垂らし、唇をひくひくと震わせている。
「けけけけ。限界のようだなぁ? スクリーンの中の竜介も、限界のようだぜ?」
「……ぅ、ぅぉぁ」
「このまま射精しちまうか? それとも先輩が射精させられるのを見届けてからがいいか? どうする?」
「…………ぁ」
「つらそうだな。楽にしてやるか」
ベアが最後の一擦りをしようとしたとき、ピーッと電子音が鳴った。
「なんだ? 江波の奴。このいいときに」
ベアは懐からリモコンを取り出し、ボタンを押した。
スクリーンが切り替わり、録画映像がフッと消え失せる。
代わりに、現在の映像が映し出される。
「なんだよ江波?」
30階のフロアのそこここに設置されたカメラが、映像を映し出した。
呼び出した江波は、いま、竜介を木に凭せ掛けて殴り続けている。
『ぬぎゃっ! ぎゃぶっ!! ごぼっっ!』
鳩尾、脇腹、顎、顔面。サンドバッグのように竜介は殴られ続けている。上半身のシャツはびりびりに破け、半裸の姿だ。逞しい肉体に、江波の拳が突き刺さる。体が浮く。
『ごぼああああああああっっ……!!』
「おい、なんだよ江波?」
『つまらなさすぎる』
ぽつりと、江波が答えた。それから、竜介を蹴り飛ばす。
竜介は十メートルも蹴り飛ばされた。
顔面と上半身を地面に擦りつけながら、転がり、止まる。
『歯ごたえがない。つまらん』
「おまえが強すぎるからなぁ」
『そうではない。こいつは、おまえは勿論、私にも勝てる程の力を既に持っている。だが、心が折れている。どうしようもないほどに、勝てないと悟ってしまっている』
江波は倒れ伏した竜介に近づき、その後頭部を踏みにじった。ぎりぎり。竜介の顔面が土に埋もれる。
足をどけた。
竜介は倒れたまま、動かない。
『そんな奴を嬲っても、つまらん』
「そうは言ってもなぁ」
江波にはこういうところがある。ベアは弱者を嬲るのが好きだが、江波は強い者、立ち向かってくる者を叩きのめすことにしか興味を抱かない。戦闘狂なのだ。
「もうそいつは負けたんだ。仕方ねぇだろう」
『そんなことは許さん』
「ボスに献上して、終わりにしろよ」
『楽しみ足りん。……ベア、そっちの侵入者は何者だった?』
「道場での、竜介の後輩」
『……例の薬を飲ませろ』
「は?」
『射精致死剤だ。持っていたはずだな。呑ませろ。呑ませて嬲れ。パルスをモニターしろ』
「馬鹿な。生かして捕らえるようにボスに言われている。破れば殺される」
『やらんなら私が貴様を殺す』
「…………」
『それに』と江波は倒れた竜介を見下ろす。『こいつが本物の男ならば、そいつは死なん。こいつが必ず助けるだろう。後輩を助けられんような腑抜けならば、私が殺してやる。そっちの坊主を殺したのも私だということにしよう。おまえはボスの咎めを受けん』
「……わかったよ」
『時間制限ゲームだ。後輩が殺される前に、私を倒せるか』
竜介はボロボロになって地面の上に転がったまま、江波の声が聞こえた様子もない。
既に想像を絶するダメージを負っているはずだ。江波に勝てるわけがない。
「……知らねぇぞ」
ベアは懐から、その錠剤を取り出した。失神していた壮太の口に、無理やり放り込む。口をロックした。
ごく、と壮太の喉仏が上下した。