壮太の抗い

――新宿・高層ビル29階《壮太》

意識の隅で響いていた低い振動音が、ぷつりと切れた。
それとともに壮太を襲っていた何本ものロボットアームが、一斉に動きを止める。
「……ぅっ」
がしゃん、と錠の外れる音がし、X字に磔にされていた壮太の身体は開放された。
そのまま重力に屈し、びしゃっ、と足元に溜まっていた自身の精液の溜りの中に崩れ落ちる。

「……ぅ、ぐ、っっう……」

壮太は身じろぎし、地面に手をついた。立ち上がろうと、膝をつく。
半裸の姿。下半身の空手のズボンは、噴き出した精液で前側がびっしょりと濡れている。機械に徹底的に噴出させられたのだ。
なんとか立ち上がると、足元がふらふらした。
九度の強制射精に、身体中が弛緩している。

「あの野郎は……」
周りを見渡したが、ベアの姿は見当たらない。壮太を磔にし機械をセットした後、上へ戻っていったらしい。
がらんとした部屋を、静寂が満たしている。
「竜介、は……」
どうなったのだろう。
快楽攻撃にやられ半ば意識を失っていた壮太だが、聴覚のどこかで、階上から響き渡る絶叫を聞いていた気がする。竜介がやられている、と思ったが、もはやそれで溜飲が下がるということもなく。
今はもう、なんの音もしない。

「竜介は……どうなったんだ……」
ふらつく足を叱咤し、壮太は階段を登った。登りきると、ジャングルのようなその部屋の中へ、足を踏み入れる。
そして壮太は見た。闘いの跡を。
二人の男が、地面に倒れていた。
一人は壮太の見知らぬ男だ。額に青黒い痣ができており、仰向けに四肢を投げ出して倒れている。
そしてもう一人は、竜介だった。

「あ……ああ……」
その無残な姿に、壮太は言葉を詰まらせる。
竜介はトランクス一枚の姿で、精液が水溜まりをつくった中に、うつ伏せに倒れていた。両足はありえない方向に折れ曲がり、身体中に痣と泥汚れがついている。
日頃の道場での姿と重ならない。だから壮太はそれが現実と認識できない。
竜介がやられた……。

「竜、介……」
「残念だったなあ!」

歩き寄ろうとした刹那、ベアの声が轟いた。
反射的に上を見上げると、部屋の中央、ちょうど竜介たちの上空位置の天井に見晴らし台がある。
「ふへへ。おまえの先輩は、一足先にくたばっちまったぜぇ」
そこからベアが身を乗り出し、壮太を見下ろして笑っていた。
「いや、そいつはしぶとい野郎だからな。ひょっとしたらまだ生きてるかもしれねぇ。確実を期すか」
ベアはにやにや笑いながらそう言うと、柵を乗り越え、宙に身を投げ出した。
急降下する。
どごおおっ!!
ベアが着地する。竜介の身体の上へ。
竜介の頭と背に乗せられた靴。竜介の身体が、その体重に地面にめりこんだ。
「けけけ。さぁどうだぁ?」
ベアが足で竜介を蹴り転がし、仰向けにした。
竜介の顔は、血と涎でまみれていた。流れ出た鼻血が顎の先で固まっている。見開いた目は瞳孔が拡大し、何も映していない。
「おおい見てみろよ。死んでるぜぇ。けけけ。おっと、死人が服なんて着てるもんじゃねぇぜ」
言うとベアは屈み込み、竜介の下半身に手を伸ばした。
戦士のトランクスを、びりびりと剥ぎ取る。
「ふへへ、どうだ? 見てみろよ。いいモノもってやがる」
「…………」
「どうした? ショックで言葉も出ないか?」
ズタズタにやられた竜介の身体を全裸に剥き、ベアは愉悦の笑みを浮かべる。
五年以上前のこと、ずっと以前、ベアは竜介に負けたことがある。街で親父狩りや恐喝行為を繰り返していたとき、たまたま通りがかった竜介にぶちのめされたのだ。以来、ずっと恨みを抱き続けてきた。こうして竜介を徹底的に辱めてやれることはベアの最大の望みだった。
「けけ。処刑だ処刑」
竜介の首に麻縄をかけ、天井の柵を通して引っ張り、吊るし上げる。
宙にぶら下げられた竜介の肉体。ベアはその逞しい身体を視姦し、露になった逸物を弄る。
敗北した戦士を、徹底的に辱めるのだ。
「や……やめろ……ぉ」
「けっけけけ!!! ほらよお! いいサンドバッグになりそうだぜぇっ!」
吊るし上げられた腹を、顔を、股間を殴りつける。殴られるたび、なすがままぶらぶらと振り子のように揺れる竜介の身体。
それを見ていた壮太の中で、何かが切れた。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
駆け寄る。
――全力一撃。
自分でも何がなんだかわからないままに拳がベアの顔面をとらえ、吹っ飛ばした。
再度殴りかかる。たたらを踏んでいたベアの腹をとらえ、げぶっ、と豚の鳴くような声とともにベアが地面に転がった。
「ぐ……きさま」
「うおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」
慌てた様子のベアが懐に手を伸ばし、何かを取り出すのと、壮太が踊りかかるのが同時だった。壮太の拳が届くより僅かに前に、ベアの指が先制していた。
カチ。
微かな音。
それとともに壮太の視界は真っ白に染まった。

「うっ――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

壮太の身体が、青白い電光によって宙に繋ぎ止められていた。
ベアが銃のようなものを取り出し、壮太に撃ったのだ。
電光は壮太の脳天から爪先まで突き刺さっている。青白いスパークが余波となって空に散る。
「ぬぎゃあああああああああああああああああああああああああっっぅっ」
「ふ……へへ、惜しかったな。江波と違って俺は拳と拳の闘いに執着はねぇ。要はいかに楽に、気持ち良く、相手を始末するかだ。そおらっ、まだまだだぜぇっ!?」

バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリィィィィィィィィィ!!!!!!!

「げぶあぎゃあああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!! のぎゃあああああああああああああああああああーーーーーーーー!!」

壮太の双眸がいっぱいに見開かれた。眼球が飛び出そうなほどに。首を仰け反らせて絶叫する。身体がガクガクと揺れている。
ベアが銃の引き金を戻した。
電光によって宙に繋がれていた壮太の身体が、どさりと地面に落ちた。
うつ伏せになった身体はピクピクと痙攣し、裸の上半身からぷすぷすと煙があがっている。目が見開き、開いたままの口からは涎が垂れ落ちている。
「くく。本当は竜介もおまえも生け捕りにするように言われていたんだがな。死んじまったもんは仕方ない。おまえだけでも生け捕りにして、ボスに差し出さねぇと」
ベアが呟きながら、こちらへ歩いてくる。一歩一歩。
壮太はなんとか立ち上がろうと腕に力をこめた。が、筋肉が引き攣れていてうまく動かない。
「いや、江波が一緒に殺っちまったことにするのでもいいな。肝心の竜介はもう死んじまったんだ。おまえだけ差し出したところでボスの機嫌がとれるわけでもねぇ。……正直よ」
「う……うう」
「おまえみてぇなガキが悶えてるところ……大好きなんだよなあ俺」
言葉とともに、ふっ、とベアの気配が舞った。
まずい、と知覚した次の瞬間、壮太は押し潰された。ベアがジャンプし、尻から勢いよく、壮太の背中の上に着地したのだ。巨躯のプロレスラーの全体重が、小さな少年の身体に叩き込まれた。
壮太の上半身が地面の中にめりこんだ。身体の中でどこかが砕ける音が聞こえた。
「けっけけけ。よわっちい奴だな」
ベアの手がぐいと伸び、強引に壮太の腕をとった。両腕をまとめて掴み、無造作に身体を持ち上げ、ぶら下げる。
壮太は目を剥いていた。鼻が潰れて血が垂れ落ちている。土にまみれた裸の上半身。鍛えられた筋肉がぜぇぜぇと脈動している。徐々に目が焦点を取り戻すと、弱々しくベアをにらみつけた。
「ずいぶん、射精したみたいだなぁ?」
空手ズボンの中央。股間部分に大きく広がった染みを今見つけたように注視し、ベア。
「あと一回で死ぬか。殺してやろうか? あと一回出しちまったらおまえ死ぬぜ? やめてくださいって泣きながら俺の股間を含んだら許してやるけどな」
「ざ……ざけんなっ」
瞬間、壮太の視界が反転した。見えていた風景がひっくり返る。右半身に衝撃が走った。地面に叩きつけられたのだとわかった。
「が……は」
衝撃に息もできない。
腕に何かが巻きつけられた。両腕をまとめて麻の紐でくくられたのだ。
や、やばい――
「そおら、よっ」
ベアの掛け声とともに壮太の身体は宙を舞った。
「うわああああああああああああああっっ!!! ――ごがああああ…っ!!」
腕から宙に舞い上がり、勢いをつけて地面に叩きつけられた。受身もとれない。
自分の身体がどう倒れているのか認識したところで、また強引に宙に振り上げられる。
宙でふっとスピードが停止。
降下。
脳天から。
「――げぶあああああっぁ!!!」
振り上げられる。
停止。
降下。
「ぐぼあああああああああぎゃっっ……あぁ」
振り上げ。
停止。
降下。
「ごぼえぁぁぁっ…!!!」
振り上げ。
停止。
降下。
特に勢いをつけて。

「ぬぐうううううげげえええええええああああああああああああぁっぁあああぁぁっっ!!!!」

繰り返される反復運動。それとともに未来ある少年の身体は確実に破壊されていく。
振り上げ。
停止。
降下。
「ぐぶあああああっ……ぉ……ぉ」
もはや少年は麻縄の先端に括られた重りに過ぎない。
振り上げ。
停止。
降下。

「のげああああああああああああっっ!!」

初めのうち、壮太はなんとか抵抗をしようとしていた。だがもがきながら、彼の瞳は、ふと、ぼろぼろになった竜介の姿を視界に映した。
ずっと彼の憧れだった先輩。世界で最も強いと思っていた先輩。過去の真実に恨みを持っても、その尊敬の念だけは無視できなかったほどの。
それが、今や無残な姿で吊るし上げられている。
自分では勝てない。壮太の心の中で冷徹な認識が囁く。
「ぐほおおおおおああああっっ……ぁ……ぁっ」
「なんだよ、もう抵抗しないのかよ。楽しめねぇなぁ」
「う……う、う」
……竜介。
あんたも、こんな攻撃を受けたんだな。いや、江波って奴はこいつよりずっと強かったはずだ。そいつに、あんたは徹底的に嬲られたんだ。俺を守るために。
腕を折られ、足を折られ、金玉を潰されて。骨という骨を折られて。精液を搾りとられて。プライドを粉々に砕かれて。
竜介、それでもあんたは何故勝つことができた? 教えてくれよ――
俺には、できない――

「のっぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

壮太の身体が地面に転がる。どしゃり、と仰向けになった。
容赦なく加えられた攻撃に、少年はもはや動けない。
「フン。飽きたぜ。そろそろ楽にしてやるか」
ベアが壮太の方に悠然と歩み寄る。壮太の手足がぴくぴくと動いたが、立ち上がることはできなかった。爪の先でかすかに地面を抉っただけだ。
ベアが片手で半裸の少年の頸を掴み、軽々と持ち上げた。そのまま、荷物を担ぐように肩に壮太の身体を乗せた。
胴着のズボンの裾から、するりと指を潜り込ませる。
壮太の逸物を掴むと、揉みしだき始める。
「ぁっ……あはあっ……」
壮太の牡はあっという間に怒張した。ベアの手の中でぬめり気を帯びてぴくぴくと震える。
壮太の拳が抵抗するようにベアの背を打った。が、それはもはや赤子のような力でしかない。
「終わりだ」
ベアが一際大きく擦り上げる。
壮太が目を見開いた。
「……ぁ」

――ドピュッドピュッドピュッドピュッドピュッドピュッ

ベアの手の中で脈動する壮太の雄。
致命的となる十度目の射精。
ややあって、がくっ、と担いだ壮太の身体が弛緩した。
「けけけ」
にやあと笑い、ベアが手を壮太の胴着から引き抜く。右手にからみついた少年の精を、ぺろりと舌で舐めとった。
敗れた少年の顔を視姦しようと、壮太の顔に、そのごつい顔を近づけた。
「天国には行けたかなあ?」
白目を剥いていた壮太の瞳に、力が戻る。
「いや、地獄だろうな」
ベアが目を見開いた。
無防備になっていたその頭に、壮太の腕がからみついた。
ベアは視界の端で捉えていた。壮太が口の端から何かを吐き出すのを。錠剤。
――射精致死剤。
馬鹿な。
「破ッ」
壮太の声とともに、ボキ、とベアは自分の首が折れる音を聞いた。

どさっ、と壮太はうつ伏せに地面に崩れ落ちた。
射精致死剤は飲み込むふりをして、口の中に留め置いていた。ベアはあのとき江波の迫力に気圧され、壮太の動向に注意が回っていなかったのだ。気付かれずに騙しとおすことができた。
が、十度の射精は、薬の効果がなくとも十分に体力を消耗させる。ベアにやられた攻撃で、身体の中バラバラだった。
「う…うう……」
壮太は地面に這いつくばったまま動けない。懸命に立ち上がろうと地に指を立てるが、爪が土を削るだけで立つこともできない。
「姉、ちゃん……」
竜介は死んだ。もう姉を救い出せるのは自分しかいない。
立たなければ。戦わなければ。
廊下の向こうから、足音が響いてくる。敵だ。かなりの数。
「う…く」
胴着姿の少年は懸命にもがく。志半ばで斃れた先輩のために。大切な姉のために。自分が今ここで捕まってしまったら、終わりだ。
痣だらけになった上半身。その腕が震え、地面を抉る。全身から響き渡る悲鳴を無視し、膝立ちになる。重力に逆らい、ゆっくりと身を立てた。足が震える。顔を上げる。
壮太は取り囲まれていた。
チンピラの群れだ。
ある者は鉄棒を持ち、ある者はスタンガンを持ち、ある者はヌンチャクを携えている。
壮太は笑みを浮かべた。浮かべたつもりでいた。大丈夫だ。こんな奴らに負けるはずがない。オレは竜介の弟弟子だ。チンピラなんかに負けるもんか。
視界が鉄棒を振り上げるチンピラを捉えた。火花が散るスタンガンを捉えた。風を切るヌンチャクを捉えた。壮太はそれらを同時に見た。地を蹴った。蹴ったつもりでいた。一瞬ですべての攻撃範囲から離脱し、敵の間合いに肉薄する蹴りを。
――そして少年の意識は途切れた。

しばらく部屋の中に音が響き、やがて、なにかが倒れる音がした。

静かになった。

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