竜介VS江波3

――新宿・高層ビル30階

「起きろよ」

 遠くで、声が聞こえている。竜介はうつ伏せに地面に倒れたまま、上から降ってくるその声を聞いていた。
 腕を動かそうと力をこめた。動かない。
 足を動かそうと力をこめた。動かない。

 ――なんでだ? おれ、どうしちゃったんだ?

「起きろっつってんだよ」

 再び聞こえた声とともに、頭を鷲掴みにされた。無理やり上体を起こされる。それでも反応できずにいると、ぽいと無造作に手を離された。再び竜介は地面に崩れ落ちる。
 後頭部に、革靴を乗せられた。

「それとも、このまま死ぬかあ? 埋めてやろうか」

 踏みにじられ、頬が擦り剥けていく。土が口の中に入り込んだ。ぐりぐりと踏みにじられ、顔が土の中に埋まっていく。生き埋めに、される――

「う、う……」

 竜介の左手が、彷徨うように揺れた。江波の足を掴もうとした。

「そうだ。抵抗してくれねぇと嬲り甲斐がねぇ」

 頭から、江波の靴が離れていった。
 次の瞬間、砂の上に放り出さていた右手の甲を、踏み潰された。
 ぼきゃ、と甲の潰れる音が森中に響いた。

「……!! あっ……あ……あぎゃあああああああああああああおおぉおああああああ!!!!!!
「利き手、これはもう完全に潰れちまったよな。可哀想によ」

 江波の手が伸びてきて、再び竜介は頭を鷲掴みにされた。そのまま、引っ張り上げられる。砂の上に膝立ち状態で、竜介は身体を固定された。
 江波が屈み込んで、竜介の顔を覗き込んだ。
 ちっ、と舌打ちをする。

「力のない目をしてやがる。騎士の目じゃねぇ」
「……や、やめて……くれ……

 苛立たしげに唸った江波の左拳が、竜介の顔面を襲った。一度、二度、三度。リズミカルに。

 拳が離れていく。

 白目を剥いて震える竜介の顔。
 折れた歯がぽろ、と転がり落ちた。

あ…………
「さっきから悲鳴や苦鳴ばっかじゃねぇか。喋れねぇのかよ。来たときの威勢はどうしたんだよ」

 江波の苛立ちのこもった声に、青年は怯えたように身体を震わす。その態度が、江波をさらに苛立たせた。ぐ、と左拳を固め、そろりそろりと青年の無防備な股間に近づけながら詰問する。

「五年前の威勢はどうしたんだ」
「や……めてくれぇ……」
「誰が来ようが彼女はおれが守る、って言ってたあの頃のおまえはどこへいった」
「う……ああ……ああ」青年は膝をひくひくと動かし、なんとか股間を拳から遠ざけようとする。頭を掴んだ江波の手がそれをさせない。「やめろ……ぉ」
「興醒めだ」

 どぐっ、と江波の拳が竜介の股間を抉った。潰さない範囲で、しかし最大限のダメージを与える威力のローブローが、皮パン越しに竜介の逸物に叩き込まれた。
 もう何度この攻撃をくらったのかわからない。しかし慣れるということはありえず、内臓が捩じれ全身が引き裂かれるような痛みを竜介は味わう。絶叫した。絶叫し、唾と涎を撒き散らした。唾と涎を撒き散らしながら、次の攻撃を恐れがむしゃらに逃げようともがく。
 竜介は、恐怖に支配されていた。
 目の前の敵が、怖い。恐ろしい。
 自分では勝てない。あれだけ修行したのに手も足も出なかった。ハナから自分が立ち向かえるような存在ではなかった。手を出すべきじゃなかった。逃げ隠れていればこんな苦しい目に遭わずに済んだのに――

「つまんねぇ男になったな竜介」

 再びの苛立った声に、竜介は身を固くした。次はどこから痛みが襲ってくるのか、身構える。全身いたるところに受けたダメージが、もはや避けようとかガードしようという思考すら青年から奪っている。
 逞しかった肉体はサンドバッグと化し、痣だらけになっている。特に集中的にやられたのは股間と右腕だ。股間はまだ唯一の睾丸を砕かないよう江波が加減を加えていたが、右腕は戦いの最中に完全に破壊されていた。奇妙な角度に折れ曲がっている。骨を折られたのだ。そして江波は折ったその箇所に、何度も何度も追撃を繰り返して痛めつけた。
 竜介という武道家の右手は、永遠に失われた。

「そろそろ、負けを認めるか竜介」

 江波は、ぐったりとしている竜介に、もう何度目かになる質問をかけた。

「私は負けました、と言って、俺の靴の裏を舐めれば命だけは助けてやる。今までの戦いのビデオを全世界にばら撒いて、おまえは屈辱のまま残りの人生を過ごすことになるだろうが、な。この苦しみからは解放される」
「…………」
「いいかげん認めろ。自分は負けたのだと」

 実際のところ江波は、竜介がその提案を呑み負けを認めれば、即座に青年の金玉を潰し、殺すつもりだった。無様に負けを認めるような男に、江波は存在価値を認めていない。そんな男はゴミと同じだ。
 ボコボコに殴られながらも、竜介は今まで頑強に首を振り続けていた。だが、もはや青年の精神がズタボロになっていることを江波は見抜いていた。もはやその心はたった一本のプライドで立っているようなものだ。へし折れるのは間近だ。その音を聞きたい。
 ぎりぎりと竜介が歯を噛みしめた。

「さあ」
「う、うう……」
「言うんだ」

 竜介は、何度も唾を呑み込んだ。彼の中の雄々しい男の遺伝子が、それを言うのを拒んでいる。敗北を認めることを。悪に屈することを。
 しかし、江波がこれみよがしに拳をかざすと、竜介は身体を強張らせる。絶対的な力への恐怖が、強者への畏怖が、青年の気高い精神を腐食させる。

「お……おれ……は……」

 唇が震える。息が荒らいでいる。その先を言ってはいけないと、彼の無意識が叫び声をあげる。
 しかし――
 拳が、ゆっくりと、近づいてくる。股ぐらへ。

「言うんだ」
「おれは……」竜介は、ゆっくりと口を開いた。ぎゅっ、と目を閉じる。「ま、け――

ぬはあああああああああああああああぁぁああああぁぁっっ!!
 
 絶叫がフロアに響き渡った。
 あちこちに仕掛けられたスピーカーから、大音量で流された音声。

「な……に……」竜介は目を瞬いた。「この声は……」

 竜介の呟きに呼応するように、天井から巨大なスクリーンが下りてくる。
 映し出された映像に、竜介は目を見開いた。

「……壮太っ!!

 壮太は、壁に磔にされていた。
 V字型に上げさせられた腕は、鋼鉄の錠によって壁に繋がれている。上の胴着が大きくめくれ、胸から腹、脇腹にかけての少年の肌が覗ける。下半身も大きく広げさせられ、繋ぎ止められていた。
 少年が纏った武道家の誇りであるはずの、空手着のズボン――その股間部分に、染みが広がっている。少年はぐったりと頭を項垂れ、ぜぇぜぇと息をついていた。
 画面の隅に、"残り9"と表示されている。
 病院の器具のような、波形グラフが横に表示されていた。

「……こ、れは……」
「君を助けに進入してきた、君の可愛い弟弟子だよ。捕まり、拷問を受けている」
「なんて……こった……」
「性感拷問。そして彼に与えられるのは快楽だけではない。特製の射精致死剤を呑んだ彼は、十回の射精で、死ぬことになる。既に一回、放出したようだな」
「なっ」

 画面の脇から、何本もの細い鉄の棒が現れた。ロボットアームだ。先端が丸みを帯びたアーム。その先端が、振動を始める。
 壮太の空手着の膨らみに、近づいていく。

やめろおッ!!

 まず二本のアームが、収まりかけていた股間膨らみに左右から押し当てられ、挟み打ちにした。
 あっという間に撥ね上がってテントを貼った先端を、別の一本が触れるか触れないかの微妙な距離で掠める。
 さらに蟻の門渡りに当てられゆっくりと上っていく一本。玉袋から裏スジを這いのぼっていく。
 何本ものアームが協調した動きで、少年の男に刺激を与える。一本が右へ1ミリずれればもう一本は左下に2ミリ。一本が微かに浮けば、一本がぎゅうっと押し当てられる。少年の肉棒に、まったく逃げ場を与えず、最大の快楽を与え続ける。画面の波形グラフが滅茶苦茶に乱れている。
 そして――

『……ぁ……ぁぁぁッ

 股間を中心に再び染みが広がった。アームが一斉に動きを止める。
 広がった染みから白濁の筋が一本、腿を抜け足を降り、ズボンの裾から伝い落ちた。
 ぶらり。頭を垂れる少年。
 画面の文字は8になっている。

「このコントローラーを壊せば機械は止まる」

 呆然としている竜介に、江波が胸元からコントローラーを取り出した。
 竜介は油のきれた鉄人形のような動作で首を動かし、それを見た。
 ぎりぎり、と食いしばられた青年の歯が音を立てている。
 それを見て、江波は微かに笑む。こうでなければ面白くない。闘志に燃えた状態の男でないと、殺す意味がない。

「あと8回、可愛い弟弟子を死なせたくなければ、全力で取りに来い」

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