竜介VS江波2

でりゃあっ」

竜介の呼気がフロアに響いた。
裂帛の気合とともに、青年は地を蹴って飛びかかる。拳を放つ。
江波はそれをステップして軽く避わした。そのまま、竜介の脇に回り込む。
竜介が反応する前に、ずむ、と内臓に響く肘を青年の横っ腹に叩き込んだ。

「――ごあっ

思わず漏れた苦鳴とともに唾が飛び散り、竜介の上体がよろっとぐらついた。
一歩、後退するが、崩折れはしない。耐える。踏ん張り、歯を食いしばる。力をこめる。

「く……だああああ――ごがっ

振り返りざま肘を返した竜介の顔は、下方からのアッパーに迎えられた。疾風のエルボーはしゃがみこんだ江波に簡単に避わされ、強力なカウンターを顎に叩 き込まれる。
顎から脳まで衝撃が伝わり、一瞬だけ、竜介の意識は真っ白に弾けた。この数年間、修行で闘ってきた中で、一度もそんな一撃は受けたことがな かった。
アッパーを綺麗にもらい、竜介の身体が宙に浮いた。完全に無防備な状態。江波に殺意があれば、一思いに青年の身体を破壊することもできる。
江波はそうしようとはせず、無造作に、拳を青年の鳩尾にめりこませた。

ダメージを喰らいながら、青年の意識は、今、自分が手加減されたことがわかった。その認識は、腹への一撃と一緒に、青年のプライドにもダメージを負わせ た。
身体がくの字になる。そのまま吹っ飛ばされる。吹っ飛んだ竜介にさらに追いついた江波が、今度は下から背中へ膝蹴りを浴びせた。

おごっ! ごがっ! ぬぐあああ!!

さらに再び腹をやられ、竜介の身体はボールのように吹っ飛んだ。背中から木の幹に叩きつけられ、息を詰まらせる。
ずるずるとずり落ち、地面に尻をつけた。
ぜえ、ぜえ、と荒い呼吸をつこうとしたところで、江波が肉薄する。微かな休息も許されず、竜介は顔面を蹴り飛ばされた。
たまらず地面に転がった竜介を、さらに江波は爪先で蹴り転がす。右脇腹にめりこみ、竜介は腹を抱えて倒れた。歯を食いしばりながら、立ち上がろうと地面についた右腕を蹴られ、惨めに顔面から土に沈む。それでも上げた顔を蹴られ、横様に倒れると、再び腹に爪先がめりこむ。

げほっ! ごぶっ! おっ、がはっ……ごぼおっ

リズムをとって口笛を吹きながら、江波は竜介を蹴り転がす。執拗に地面を蹴り転がされ、たちまち、竜介の全身は土にまみれていく。
皮ジャンは裂け、白 かったシャツは土で胸部分が茶に染まり、皮パンも泥土で汚れていった。肋骨、腎臓、尾てい骨――江波の攻撃が一撃一撃、強烈な杭となって、五年前にやられ た古傷をなぞって打ち込まれていく。
それが竜介の闘志を痛めつけるものであることを江波はわかっている。痛めつけられながら、竜介の意識は、過去の敗北を 思い出させられていた。

ぐわあっ! のぎゃっ、う、ごはっ……あ、あぐ



五年前、江波に叩き伏せられた後、竜介はチンピラ達に海辺の倉庫に連れていかれたのだった。
トランクス一枚、半裸の姿で、恋人の志穂の前に引きずり出された竜介は、チャンスをやると言い渡され、いったん拘束を解かれた。

(戦って勝てば、恋人を解放してやる。なに、俺とじゃない、チンピラどもとだ。楽勝だろ?)

先に到着していた江波は、腕組みをしてそう竜介に言った。
竜介は攻撃のチャンスを与えられた。そうしてまず、無意味に奮闘させられた。
既に深いダメージを受けて立っていることがやっとの状態だった。その状態で、竜介はよろよろと歩き、チンピラ達に挑みかかっていった。虫も止まるようなパンチは簡単に避けられ、揶揄の声が飛んだ。足をかけられ、無様に倒れ伏し、それでも何度も起き上がって挑んだ。

そして号令とともに、彼の奮闘を嘲笑うように、チンピラ達は攻撃を開始した。
チンピラ達は、恋人の前で、竜介に屈辱を味わわせる算段のようだった。
志穂の前で、竜介は股間を徹底的に狙われた。
既に江波に一つ潰されていた睾丸。もう一つは無事だった。チンピラ達に踏み潰される前に、竜介が泡を吹いて気絶したため、チンピラ達が大笑いし、その間に江波から竜介を倉庫に連れてくるよう連絡が入っていたからだ。
志穂の前で、竜介はトランクス一枚の姿で、その男の象徴を徹底的に痛めつけられた。

(竜介ぇぇぇぇぇぇっっ!!)

志穂の前で、見せ付けるように足をスイングさせてから、チンピラが膝蹴りを竜介の股間にめりこませた。
涙とよだれにまみれてころがりまわる。目を剥いて悶絶する竜介。

(へへ、彼女の前でなんてざまだよ。情けねぇなぁ)

ぺっ、と唾を吐きかけられる。

(……う……うう

起き上がろうとすると、無造作に逸物を掴まれる。摩りあげられ、テントを張った股間を、また志穂に突きつけられる。

(どうよあんたの彼氏。弱っちいなあ)

さらに摩られ、耐え切れず竜介は射精した。下卑た笑い声に包まれる。彼女の視線を浴びながら、チンピラ達に竜介は犯された。
涎に塗れ、精液を撒き散らした自分。
決定的な、敗北の記憶。


がほっ! げぶあっ! おごあっ……あぎゃああうっ!!

過去の敗北の記憶が、江波の蹴りとともに一つずつ、竜介の頭に蘇っていた。それがヒビだらけでなんとか立っていた青年の心を、一撃一撃、へし折っていった。
――修行した。死ぬほどの。
それでも、歯が立たない。
自分では、駄目なのか。勝てないのか。

(オレ、は――)

「汚れちまったな。洗えよっ!」

森の中、池まで追い詰められ、竜介は顎を蹴り上げられた。
よろよろと地面に座り込むような姿勢をしていた竜介の上体は、衝撃のままに、バシャッ、と池の中に沈んだ。
すぐに、ごぼごぼと泡が湧き出してくる。地面に残った下半身が、苦しげにばたばたともがく。
ごぼっ、と大量の泡。

「どうした? 溺れてるのか? 起き上がれないのか?」

江波は倒れた竜介の身体に覆いかぶさるように屈み、シャツを掴んで竜介の上体を引っ張り上げた。
江波に襟を掴まれたまま、呼吸を求め、げほっげほっと咳き込む竜介。
江波は再び竜介を池に沈めた。そして十数秒してから引き上げ、竜介が咳き込んでいるところをまた沈める。
四度目に引き上げられたとき、竜介はぐったりと力を失っていた。

「さっきまでの勢いはどうしたんだよ」

シャツを掴んで上体を起こされたまま、江波の嘲笑を浴びた。
言い返す言葉を、青年は既に失っていた。

「不思議だろ竜介」

江波が、にやにや笑いながら、力を失った竜介の顔をじいっとのぞきこんだ。

「不思議だろ。おかしいだろ。おめぇは強くなった。あのときの俺より絶対強くなったはずだった。俺があのとき本気じゃなかったのを差し引いても、おまえは 俺を超えた自信を持っていた。それは実のところ、それほど間違ってない。本当のところ、もうおまえの実力は俺とほとんど変わらん。なのに、おまえは今まっ たく俺に歯が立っていない。何故か。それはな――」

江波は言いながら、竜介の皮ジャンを剥ぎ取った。
水に塗れたTシャツに、竜介の逞しい肉体が透けて見える。割れた腹筋。分厚い胸板。太ってはいないが筋肉で引き締まった身体――
浮き出た乳首に、江波は指を走らせた。
竜介の身体が、江波の手の中でぴくっと震える。

「――身体が覚えてるからだ。なす術なく負けた過去の記憶を。目の前の相手に、俺に、全く歯が立たずにやられた記憶が、おまえの身体に刻み込まれてる。こ いつには勝てない――おまえの身体は、心と裏腹に、闘う前から負けを受け入れていたんだよ。だから勝てない。でもそれはおまえのせいじゃない。身体は正直 なんだよ。……な?」

江波は、そっと竜介の股間に手をやった。
再び竜介の身体が、かぼそく、びくっと震える。
江波が喉の奥から、くくく、と搾り出すような笑い声を出した。

「いくら修行して強くなっても、どうしても強くなれないところがある。分厚い筋肉を以ってしても、なんの意味もなくすり抜けて、力を奪ってしまう攻撃。 ――ここだけは、強くなれなかったようだなぁ? こんな皮パンを穿いてガードして。そんなに、怖いのか? ここを攻撃されるのが?」

言いつつ江波は右手を伸ばし、爪を立て、竜介の皮パンのふくらみを、コリッとなぞった。

「く……ぁぁっ」
「くくっ、いい感度だ」手のひらでそっと包み込むように、竜介の逸物を撫でる。「むしろストイックに修行した竜介くんは、ここに関しては、弱くなってしまったようじゃないかぁ?」
「ぁ、ぁぅ……ゃ、めろっ――」
「恋人がいなくなって、どうやって処理してた? 溜まってるんじゃないか? そんな弱点、狙い撃ちだぞ?」
「うく……う、う――うおおああっ!!

ガシッ!

叫びながら繰り出された右拳を、江波は表情も変えずに受け止めた。
そのまま拳をぐいと引っ張り――竜介の股ぐらへ叩き込んだ。
自身の拳で急所を殴りつけさせられ、竜介は絶叫した。

うっ――ぎゃああああああああああぁぁーっ!! あああああぁぁううっっ!!

股間を抑えようとしゃにむに手を伸ばす。江波の左手に、伸ばした両腕をまとめて掴まれた。
物凄い膂力。振りほどけない。喉から悲鳴をあげながら、身体を丸めようとするが、それもできない。

「ほんといい声で鳴くからなぁ。癖になっちまう」

のたうつ竜介の表情を、江波は愉しむ。両腕を拘束されて捻じられ身体を丸めることすらできずにただダメージに苦しむ竜介の顔を、江波はにやにや眺める。
竜介は江波の拘束の中で、精一杯に身体をよじらせ痛みに耐えている。びしょぬれの竜介の顎に滴る水滴を、江波は舐めとった。

「可哀想になぁ。毎回狙われて」

江波は慈愛ともいえる声を出した。竜介の逸物を撫でていた右手に、力をこめていく。「こんな弱点は、なくしてやろうか」
「!! がっあっ――うああああっっ!

皮パンの上から逸物を掴まれ、竜介は呻いた。
江波の指に力がこめられ、分厚い生地の上からでさえ竜介の牡を鷲掴みにする。竜介の男が、江波の右手一本に掌握された。
ぐぐっ、とその締める力が強まっていく。

おおおおぁ
「握り潰してやるよ」
のあああああぁぇぁ! あぐああおおあ
「どうした? 本気だぞ? 逃げられないのか? 振り払ってみろよ」
おごおおげああああぁぁ……

全身の筋肉が意思疎通を失ったように、身体に力をこめられない。痛みが股間から這い登り内臓を経由し、竜介の全身の神経に這い伝わっていく。
抵抗できない。ただ苦痛に声をあげながら竜介は涎を撒き散らすことしかできない。口の端から泡が漏れる。涎が伝い落ちる。
涎をぺろりと舐め取る江波。もはやそれにも竜介は気付かない。意識が混濁としている。竜介の牡の部分だけが、江波の右手と闘っており、なす術もなく潰されようとしている。
やられる。

「……終わり、か」

江波がつまらなそうに吐息をついた。

「復活した正義の騎士さまの最期にしては、案外、あっけなかったな。何か言い遺すことはあるか?」
――ぉおおおぁぁぁ
「墓は建ててやれないと思うぜ。コンクリートで固めて東京湾だが恨むなよ。さて、さよならだ竜介。楽しかったぜ。おまえはどうだ?」
くぉあ――あぐああああああぁぁぁ
「……ちっ」

江波は舌打ちすると、さらに右手に力をこめていった。
強烈な力に、竜介の逸物が逃げ場もなく圧縮されていく。潰れていく。

「最期、だ」

目を剥いた竜介に江波が言い、一息に潰そうとしたとき――

『警報! 警報! 侵入者発見! 侵入者発見!』

フロアに取り付けられていたスピーカーから、大音量が響き渡った。

「……なんだ? 侵入者だと?」

江波が不審げに呟いた。右手に込められていた力を解き、首を巡らせた。

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