ケンタの敗北4

「み、みん――わあああ!」
 裏口から体育館に入ってきていた吉永。再びその触手に片足を掴まれ、健太は宙に逆さ吊りにされた。シャツがまくれ、小さな半裸の上半身が露わになる。
 そのままぶるんと振り回され、バスケットのゴールに叩きつけられた。
 
「ぎゃっ!」
 
 さらにもう一度。
 
「っぎゃああ!!」
 
 勢いをつけて。
 
「あっぎゃぁぁぁぁっっ!!! ……わ……ぁぁぅ」
 
 体育館で昼休みを楽しんでいた生徒達は、何度もバスケットゴールに叩きつけられる健太を見ながら、誰一人として動かなかった。動けなかったのだ。突然目の前に現われた魔獣が少年を嬲るのを見ながらも、自分が標的になるのを恐れ、誰もが黙ったまま立ち尽くしていた。体育館には健太の悲鳴だけが響いた。
 
 ――どさ。
 
足を解放され、健太は床の上に落下した。うつ伏せに倒れ伏したまま、ぴくとも動かない。
「どうしたのケンタくん。痛いの?」
吉永が、こつんと爪先で健太を小突く。足で無造作に仰向けにさせられる。
 ケンタは大の字に倒れたまま、力ない目で吉永を見上げた。
 いつもどおりの白衣と、柔和な声。ケンタが魔獣との闘いで酷い怪我を負ったときは、いつも心配そうに包帯を巻いてくれていた。服を脱いで恥ずかしさにぶっきらぼうになりながら、怪我をした部分を見せるケンタを、いつもおかしそうに笑っていた吉永。
「酷いダメージね。立てる? もう無理かしら?」
「う、う」
「立てる?」
 触手がケンタの両脇に絡み、強引に立ち上がらせた。
「せ、先生……」
「情けないなあケンタくん。負けちゃうの?」
 吉永が言い、強引に健太のシャツを掴み、引き裂いた。半裸に晒されるが、健太は呻くことしかできない。
「……ま、負け、ない……よ」
「ほんとう?」
「!!」
 健太は大きく目を見開いた。
 吉永の拳がハンマーのような硬度と化し、健太の腹に下からめりこんでいた。
「お……ぉぁ…!! ぁ……っ」
 腕一本で宙に吊り上げられる健太。半開きになった口から苦鳴が漏れる。
 健太の腹を抉った拳を、さらにぐりぐりと捻ってみせる吉永。
「うぁっぁぁっ!! ぉぁぁぁぁぁぁぁっ…!」
「ほんとうに負けない?」
 ぶん、と吹っ飛ばされ、跳び箱に頭から激突する。
「ぅ、、ぅぅ、、、」
 跳び箱の枠にもたれるように倒れた健太。その片足を、無造作に掴む吉永。乱暴にずりずりと少年の身体を引きずって歩く。少年は股を開いた格好で、なすがままに引きずられる。
 バスケットボールが山と入ったカゴへ向けて、吉永は健太を一直線に放った。
 どっごぉぉぉぉぉんん…………
「ケンタくん、大丈夫?」
 ボールが崩れ、ばらばらに転がった中に、健太はうつ伏せに倒れていた。鼻血が垂れ、床を汚している。
 両手を伸ばし、這いつくばるような姿勢で、短パン一枚の少年の身体は、ひくひくと震えている。ぎりぎりと床に立てられていた爪が、あまりの強さに音を立てて割れた。
 そんな健太を見下ろしながら、吉永は艶然と笑んでみせる。
 倒れ伏した健太の傍らに立つと、無防備に屈み込んで、伏せられた少年の顔を覗き込む。
「ほんとうに負けない?」
 なんとか視線を上げようとする健太。
 睨みつけてやろうとした。闘志を見せてやろうとした。
 だが幼いヒーローの無垢な精神は、既に十分すぎるほどに痛めつけられていた。
「あら……泣いちゃうの。かっこわるいな」
 健太はしゃくりあげた。
 ぼくは負けたんだ、と思った。


 

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