「だりゃあああああああっっ!!」
緑の溢れるフロアの中に、竜介の裂帛の叫びが反響する。
繰り出された竜介の左拳が、音をまとって唸る。かろうじて江波は体を捻らし、避けた。
「でやああっ!!」
続いて繰り出された縦の蹴撃は避けきれず、江波の鼻先を掠めた。
速い。
どんどん速度が上がってきている。気合も込められている。先ほどまでの腑抜けぶりが嘘のようだ。怒りによる闘志が、竜介の戦闘能力を爆発的に高めている。
一人の人間が身につけられる身体能力には限界というものがある。竜介も江波も、ほぼその人間の限界を極めていて拮抗しており、力に差はない。そうした人間同士が闘って、他に差がつく要素があるとすれば、精神力、闘志といったものだけだ。これで、ほぼ、勝負が決まる。
先ほどまで、それは圧倒的に、過去に江波に敗れた竜介に不利な要素だった。強い精神力を持つ竜介といえど、楔のように打ち込まれた負の記憶から逃れることはできない。無意識が萎縮する。
だが弟弟子の命の危機が、卑劣な組織への怒りが、その差を埋めていた。
今、竜介の戦闘力は江波と互角――いや、上回っている。
「だあっ!」
回し蹴りを今度は避けきれず喰らい、江波はたたらを踏む。よろめきながら、繰り出された竜介の右足を掴む。
ぐっ、と力をこめて股を広げさせ、がらあきの股間にパンチを――
させまいと、竜介が身体を捻らせた。
そのまま右足を江波の手からもぎ放しながら、左足が一蹴。江波の即頭部を――強打。
「ぐふっ!」
江波は地に叩きつけられた。何度目か。
……押されている。
利き腕を破壊され、竜介の攻撃力は落ちている。庇いながら闘うため、動きにも無理が出る。
そのはずなのに、江波は圧倒されている。
「……そんなに弟弟子が大事か、竜介」
大切な者の危機に、力を倍加させる。正義の戦士の条件。江波には無い能力。虫唾が走る話だ。
竜介が近づいてくる。
と、
『おぁぁぁぁぉぁぁぁぁっっ……ぃ……ぃぃぁっ……ぉ』
フロアに設置されたスピーカーが、別室での拷問の音声を大音量で流した。竜介がハッとした。
壮太の喘ぎ声とともに、画面の数字がまた減った。既にそれは”3”になっている。あと3度の射精で、少年の命が尽きることを意味する。
「へへ、後輩の死体、楽しみだなあ?」
「だ……だまれぇぇぇぇっっ!!」
竜介の猛攻に、江波は錐揉みした。だがスイッチだけは手放さない。この場の物理的優位性は竜介に奪われたが、精神的優位性はまだ江波にある。
ダメージは重い。が、チャンスを待っている。
付け入る隙はある。
『ぉぁぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁっぁ……ぁぁぁぁ……ぅ』
少年のか細い喘ぎ声から、もうかなり生命力が搾り取られたことがわかる。数字が”2”になる。
「……くっ」
竜介が焦りを見せ始めた。江波ではなく、江波の持つスイッチに目を奪われている。江波を倒すことではなく、弟弟子を助けることに頭を奪われている。
江波は微かにほくそ笑んだ。
その甘さが敗北を招くんだぜ? 騎士さま。
そして――スイッチをぽん、と宙へ放り投げた。
ごく軽く。
「――っ」
竜介の視線が、スイッチを追いかけ、一瞬、江波から反れる。
敵から注意を逸らすという戦闘中にやってはいけない行為を、青年はしてしまう。
スイッチを掴もうと、反射的に左手を宙に差し出す。
その一瞬に、江波は竜介の下に滑り込んでいた。
「しまっ――」
――ゴキャッ!!
下から股間をアッパーの要領で殴りつける。今までは加減していたが、潰す勢いでやった。
江波の拳が、下方から突き上げるように、竜介の股間にめりこんだ。
ぐしゃ、という鈍い感触が革パン越しに江波の拳に伝わった。――潰した。
衝撃で青年の両足が浮いた。
よろりと仰向けに竜介が倒れこむ。江波はさっと立ち上がる。青年の身体が崩れ落ちるのを追うように素早く、膝から座り込むように、左足を狙った。
勢いをつけて、体ごと、両膝を叩き込む。
ごきいっ、と骨のへし折れる鈍い音が、響いた。
「あ……あ……」
ほんの一瞬だけ間を置いてから、すべてのダメージが一気に竜介を打ち据えた。
「のぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああおおおううああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
地獄でのたうつように、激烈な痛みに竜介はもがいていた。
砕かれた股間から、折れた左足から、気の狂うようなダメージが全身を駆けずり回っている。意識が飛びそうだ。いや、実際半分飛んでいた。意識が気絶と覚醒を繰り返す中、竜介はなんとかそれを繋ぎとめようと歯を食いしばる。
江波がほくそ笑む気配がした。
「いてぇかよ」
ぐっ、と身体のどこかに圧力。
折れた左足。
踏みにじられる。
「おうあああああああああああああああああああああああああああああああああああああおおおおおおおおぉ!!!!!!!!! ぬっぎゃああああああああああああああああっっっ!!!」
「もう少しだったのにな」
「のごおおおおおおおおおおおあっ……あっかっ……」
「そら、ここもいてぇか。男廃業だなぁ」
開かれた股の中央を、革靴に踏みにじられる。肉棒がぎゅうっと潰されていき、竜介は目を剥く。
睾丸はもう砕かれていた。
「そら、騎士様。今度は立てなくしてやる」
言葉とともに、また、江波がふっと身体を屈みこませた。
膝から、竜介の右足に着地する。
ぼぎいっ!!
野太い衝撃が全身を貫く。
江波が立ち上がったとき、竜介の両脚は、二本とも、ありえない方向に曲がっていた。
「うううぎゃあああああああああああああああああああーーーーーーーーーっっっぁっぁ!!!! おおっおっぁっっ」
「これでもうおまえは立つこともできねぇ。あと動くのは左手だけだ」
「あぐああああああああああああっっっ……」
無意識のうちに、竜介は左手の爪を地面に立てていた。そこにすがるように。左手だけでも残っていれば、まだ希望があるというように。
左手の甲に、靴底が無慈悲に降り注いだ。
ボキャッ!
「のっ……ぎゃっ……あっあ……あっ」
「これでもうおまえはどうすることもできない」
「……ぉ……ぁ」
もはや竜介に闘う術は残されていない。
竜介は四肢を破壊された。
「なかなか楽しめたぜ竜介」
「……ぁっ……っぉ……ぁぁぁっ」
仰向けに倒れた青年の身体。白目を剥き、鼻血と涎にまみれ、ぴくぴくと痙攣しているその顔を、江波は見下ろす。
竜介の二本の脚はばらばらに投げ出され、ありえない方向へ折れ曲がっている。野太い両腕は、手の甲を砕かれ小刻みに震えている。鍛えられた胸板は泥と痣だらけになり、ひくひくと痙攣を繰り返している。
「おまえはよく闘った竜介。もう少しおまえに運があったら、今頃地面に屈していたのは俺の方だったろう。たいした男だおまえは」
「お……うおおおあ……ぁっ」
「おまえにどういう最期を与えてやれば良いのか、迷うな。潔く男の象徴を握り潰してやればいいのか、一思いに首でも絞めてやればいいのか。この正義の戦士の敗北に、どんな最期をつけてやるのが一番相応しいのか」
「ぉ……ぉぉっあっ……ぎ……」
江波はむしろ愛しそうなといっていい手付きで、竜介の逞しい半裸の胸に手を乗せた。
ふと、目を留めた。竜介の左手が、ひくひくと震えている。
甲を砕かれながらも、まだその手は地面の上を、弟弟子を助けるためにスイッチを求めて探っている――江波にはそう見えた。
「最期まで、精一杯運命に抵抗して死ぬか。そうだな」
ふ、と表情を崩し、
「おまえが一思いに死ぬところなど、俺も見たくない。正義の戦士らしく、苦痛にあえぎながら、ゆっくりと彼我へと旅立っていけ」
言葉とともに、放たれた蹴りが、想像を絶する勢いで竜介の右脇腹にめりこんだ。肋骨がへし折れる。
「う――ぬっぎゃああああああああああああああーーーーーーーーっっ!!!! おっおおあっーーーーーあああっ!!!!!!!」
「防御しようにも、もう指一本動かすことができないようだな」
また一蹴り、さらに一蹴り。
江波は無抵抗の竜介の身体を破壊する、的確で強烈な蹴りを浴びせる。
絶対に急所をはずさず――肋骨、腎臓、尾てい骨などの弱点に命中していく。骨が次々とへし折れていく。
一蹴り一蹴りとともに、竜介の身体は破壊され、地面の上をずざっと滑る。それとともに蹴りは竜介を生の世界から死の世界の奈落の崖へと、確実に蹴転がしていく。
蹴りがやんだ。
「おまえは、死ぬんだ」
全身の骨を砕かれ、仰向けに大の字に倒れた竜介。
虚ろな目をしている。
呼吸はもう虫の息だ。
心臓が微かな鳴動を続けているが、それも弱まってきている。
「おまえは、負けた」
ソンナ……コトハ……
「認めろ」
ごきぃっ、という鈍い音が身体の中で響いた。
投げ出していた左腕の、肘の当たりがへし折れた。
「認めろ竜介」
ぐり、ぐり、と顔面を靴で踏みにじられる。靴の裏の砂が、口の中に混ざる。
「おまえは敗れたんだ」
声は、優しく言い聞かせるように。
オレ……ハ……
「痛いだろう。辛いだろう。苦しいだろう」
「……ぉ……ぇぅ」
「情けだ。死ぬ前に快楽を与えてやろう」
言葉とともに、江波の手が竜介の股間へ伸びた。ボタンを外し、ジッパーを下ろす。
ずり、ずり、と竜介は革パンを剥ぎ取られる。
トランクス一枚になった竜介。
その股間に江波の手が伸び、指を一本立てた。
そっと、裏筋を、根元から先端まで、一撫でした。
ほんの些細な、一本の指遣い。まったく力をこめない、触れるか触れないか程度の微細な刺激。
だが。
つうーー……
瞬間、戦士の牡は屹立する。
ドピュッドピュッドピュッドピュッドピュッドピュッドピュッドピュッ
負けを認め敗走するように、留める間もなく白濁液が噴出し、竜介のトランクスを汚した。
正義の戦士の命の源が、身体から失われていく。
「……ぉ……ぁ」
竜介の睾丸は、もう二つとも砕かれている。戦士の精が再生されることはもうない。男としての最期の証が、江波の指によって搾り取られていく。
さらに指が、竜介の牡を撫でた。そっと一撫でされるだけで、白濁液が噴出す。たちまち、トランクスが白濁液で溢れた。とろりとろりと地面に垂れ落ち、池を作っていく。
止まらない。止めることができない。
「……泣いているのか」
見開いたまま焦点を結ばない竜介の瞳。その頬を、涙が一筋、伝い落ちていた。
――オレハ マケタンダ
「辱めるつもりはない。トランクスは残しておいてやろう」
言うと、江波は屈み込んで竜介の頭を鷲掴みにした。そのまま持ち上げ、両腕でがっちりと抱きしめるように抱える。
竜介の折れた両腕を挟み込み、がっちりとロックする。
「俺の腕の中で息絶えるがいい」
ベアハッグに捕らわれた竜介。
江波は、徐々に、その身体を締めつけていく。ぎりぎりっ。それとともに圧縮された空間の中、江波の肉棒が、竜介の肉棒に擦り付けられる。
刺激に晒された竜介の肉棒は、消えゆく青年の命とは裏腹に、精を噴出する。どくっどくっと脈動した逸物から零れ落ちる精が、トランクスから腿へ伝い落ちる。
それとともに竜介の呼吸が、徐々に浅くなっていく……。
「弟弟子と死期が同じになったな」
スクリーンの方を見やり、江波が言った。
スクリーンに表示された数字は”1”。
あと一度の射精で、壮太は死ぬ。竜介は、壮太を助けることができなかった。
「一緒に三途の川を渡れ」
ぎりぎりっ、と身体を締める力が強まっていく。白目を剥いたまま、がふっ、と竜介の口から血が吐き出された。締め付ける力はさらに強くなる。
両手も両足も破壊された。股間を潰され、精液も搾り取られた。竜介にはもはや一握りの力も残されていない。
もう視界に何も映さない竜介の瞳。
江波の背後の足元に転がったスイッチが、その眼球の表面に映っている。
「……とどめだ、竜介」
声とともに、万力を締めるような強烈な力が、竜介の身体を押し潰した。
ばきっ、ぼきっ、と骨の砕ける音がフロアに響いていく。鎖骨。胸骨。肋骨。竜介の身体の骨という骨が、押しつぶされ罅割れひしゃげていく。
圧力に内臓が潰れた。ごぼっ、と吐き出される血泡。
どくどくと噴出していた精液が遂に出尽くし、徐々に勢いを弱め始める。内腿を伝い落ち、足首を絡めるように回った白い液が、爪先からぽたっぽたっ、と地面に落ちて白い水溜りを作っている。
――ドピュッ
それが最後だった。
最後の大きな鳴動とともに、猛っていた竜介の牡が、白い粘りの糸を引きながら、ゆっくりと力を失っていく。テントを張っていたトランクスが、ぐっしょりと濡れたまま萎んでいく。
びくびくと痙攣していた竜介の足。それも、最後の一瞬びくっと大きく震えた後、だらりと力を失って宙に垂れ下がった。
浅く続いていた心臓の鼓動の音が、聞こえなくなった。
場が静寂に包まれた。
「やれやれ。油断してるとこうだ」
江波は苦笑いを浮かべた。
「……相打ちか」
ふら、と江波の脚が揺れた。
竜介の最期の一撃。額に強烈な頭突きを浴びた江波は、目を剥いて背後に倒れた。その背の下で、ぐしゃ、とスイッチが潰れた。
竜介の身体も地面に放り出される。
また場が静寂に包まれた。